忌わしき現実から、楽市が勇ましく逃避する日々を、綴る。
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 最近、早寝早起きを心がけています。
 九時に寝て、六時に起床といったところです。
 それでも九時間寝ていますね。むしろ、早起きするにはそれくらいの睡眠量がないと、僕の場合やっていけません。睡眠量が足りない状態では一度早くに目を覚ましても、眠気のあまりまだ眠る余裕があるという気持ちになり、結局普段通りの起床時間になるのです。
 ということで、僕が早起きを実行するには十分な睡眠を確保する必要があるのです。
 では、早起きの利点を考えたとき、それが大してないことに気づきました。早く起きてなにか意義のあることを行うわけでもありませんし。深夜に行っていたネット巡回、ブログ更新などは、むしろ滞らせざる得ません。強いて利点を言えば、余裕からくる安心感を味わうことが出来るということくらいです。
 でも、その安心感がとても大切。電車に急かされ自転車ダッシュする必要もありませんし。
 一番良いのは、僅かな睡眠量で満たされる身体を得ることなんだけどね。
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 他クラスの男子同級生に架空の女子生徒を名乗ってメル友になり、彼をはやし立てるような文面のメールしたり。
 同級生男子の携帯ホームページの管理パスワード入手して勝手にログインし、そのページのBGMを女性の喘ぎ声にしたりトップ画面をヌードにして遊んだり。

 そんなことを、当初遊びに来ただけであったのに、いつのまにやら一晩過ごしてしまった級友二人と共に行っていました。昨日。
 初めはテレビゲームしたり、借りてきた本を読んだり、学校について語らいだりとまったり平坦に過ごしておりました。
 深夜からは喘ぎ声BGM入手のためアダルトサイトにアクセスして、直接音声を携帯から録音したり、ニコニコ動画みたり。
 こういう無意義な時間を一夜かけて気の置ける友人らと消化する。
 そういう馬鹿な時間を大切にしたいと思うんだ。

 僕らの歪んだ青春と言う名の悪戯の被害に遭った方には、甚だ迷惑な話だと思うけれどね。
たけしくん、ハイ! (新潮文庫) たけしくん、ハイ! (新潮文庫)
ビートたけし (1995/04)
新潮社

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 北野武がなんだか好きです。
 雰囲気と言うか、やくざ染みた大胆さと言うか、芸人・俳優・映画監督・教授という職に、タップやピアノやボクシングといった幅広い趣味と言うか、まぁ実際北野武について何も知らないけれど、とりあえず、なんか好きです。

 ドラマなどのせいで内容は記憶にあるものが多いですが、北野武本人の描いた挿絵と共に、幼少期のエピソードが2,3ページずつ綴られる本書の〝形〟は絵本のように読めて手軽ですね。開いた時間なんかに少しずつ読んだりするといいのかも知れません。僕は初めから北野武に関心があったので、どうしても贔屓目になるのは否めませんが、少なくとも僕くらいの世代には興味深く読めると思います。これをジェネレーションギャップというべきかは分かりませんが、自分の知らぬ環境を生きた人の話は面白いです。
 それにしても北野武の幼少時代は面白い。当時の東京都足立区はこうもユニークだったのか。なぜにこうした幼少期を送って、今の位置に彼がいるのか不思議だね。

 中学時代のとある友人と久しく電車を乗り合わせた。
「学校、楽しい?」という彼の問いを、肯定することは出来なかった。 決して学校を苦痛としているわけではない。勉学はさておき、友好関係には何の問題もない。授業は基本的に聞いていないが、休み時間や放課後に交える友人との会話は面白味というものが感じられると言ってもいい。
 しかし、ただそれだけのことである。
 あまりに日々に変化がなさ過ぎる。規則化しすぎている。まるでデジャヴだ。飽きる。そりゃ億劫にもなる。
 眠気眼をこすり満員電車に揺られて登校する苦労を費やすほどの価値がそこにあるかと問われると、今の僕は迷わずないと答えるだろう。
 しかし、彼は違った。
 学校を楽しめているようだった。
 僕と彼の差はなにかと悩んだ。恐らく彼も規則化した日々を送っているはずである。デジャヴのような日々を送っているはずである。楽しいといえる出来事だって日々あるだろうけれど、しかし、それを含め生活は退屈になっているのではないのか。
 僕は尋ねた。なにが楽しい?
 彼はいった。
「やりたいこと、やってるからじゃね?」
 なるほど、と思った。
 そうだ、それだ、それに違いない。
 やりことをやっているか、そうでないか、なのだ。
 あー、なるほど。あー・・・・・・。
 同好会活動が本格開始するのを今は待とうと思う。
 それがやりたいことに成り得るかも知れないし、そうならないかも知れないけれど。
 やはりあれだね、建設的な行動をとっていないんだから、そりゃ退屈にもなるよね。
正義のミカタ―I’m a loser 正義のミカタ―I’m a loser
本多 孝好 (2007/05)
双葉社

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 著者のこれまでの作品に比べると、ノリがなんだかラノベっぽくなっているな、とか思いました。まぁ、その点はこの上なく蛇足。

 
 さて。これは、いい。
 前半、著者にしては珍しい、メッセージ性の薄い単なる娯楽的なお話かなと思わせられるものの、相変わらず上手い設定と物語の運びによって、先へ先へとページを捲る指は誘導されます。
 中盤に差し掛かると、物語に〝深み〟がみえてきます。メッセージがみえてきます。
 あるいは、単に僕が無知な子供なせいで、単に僕が良くも悪しくも今後の人生を左右するのに影響のある時期にいるからこそ感じる〝深み〟なのかも知れません。しかし、世の理を自身の中で結論付けていたりでもしない限り、人生経験をある程度持っていても、この物語は改めて世界と言うものを再確認させてくれると思います。
 ユーモアあるお話の上に、勉強になりますね。興味深かった。とても頭の良い作品です。例えば、ラストの一騎打ち。あれをあそこに持ってくるのは面白い。正義の定義は一つではない、ということよりも、主観は一つではない、ということについて改めて学ばされます。
 強いて個人的に残念な点を上げるのならば、部長さんにはもう少々共感に値する思考を持って頂きたかった。あと、主人公の勧誘理由が反射神経のみってのは、弱いかなと。
 とりあえず、読後間もなく現在の文章を書いているので、上手く伝えたいことを書き綴れないかも知れませんが。
 なんというか、こうやって日々を綴ったり、読んだものについて綴ったりするブログ更新という行為自体、単に自慰・或いは未来の自分への思い出作りのためであるということをこの場に一度明示しておこう、とも思いました。読んでいて。
 
 ああ、そうそう。タイトルの〝ミカタ〟ってかけているんですね。
 ふと思って、部屋の片隅あったビデオカメラを久しく手に取った。
 中には、二年ほど前、そのカメラを買ったときにおだって町の景色を撮りに歩いたときの画像が残っていた。
 テープには、中学生の頃夜中に友人と自転車で山へサイクリングへ行ったときの映像や、友人らのラジコンをまるで本物のカーレースのようにして撮った映像、友人宅へ泊まったときに撮った飼育員A氏のメイドコスプレによる〝戦うメイドさん〟の超短編アクション映像などがあった。監督はどれも僕で、カメラ視点に妙にこだわって撮っていたものだから、一つ一つのカットは中々見栄えの良いものだったと思う。
 
 たかだか二年や一年そこら前の話であるが、多感期のせいか、当時自分がなにを思ってそんなものを撮っていたのか分からない。
 中でも面白かった映像は、自室に友人が来た際に撮った映像だった。
 エアガンを片手にイシダ氏が
「気持ちいのか、あぁ? 気持ちいんだろ、ここか、ここがいいのか? 気持ちいって言えよ、こら」
 などと延々と声をあげながら、床にM字開脚しているカカシ氏に連射しまくるという映像。カカシ氏は連射にあわせて身体を揺らして、延々と喘いでいた。わざわざ、ご丁寧にカットもいくつかいれ、イシダ氏視点の映像では銃声に合わせてカメラを揺らすなどという効果が入っていた。自分なりに考えて撮ったんだろうなと思ったが、あまりにストーリー性もクソもない訳の分からない映像に、僕は腹を抱えて笑った。
 やっぱ、面白いよな。
 無駄な行為って。
つきのふね (角川文庫) つきのふね (角川文庫)
森 絵都 (2005/11/25)
角川書店

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 飽きさせない文章の連続で小説を構成するのは、つくづく難しいと思う。別にそういった形の小説を「理想型」と思うわけではないけれど、「つきのふね」はページを捲る手が止まらない文章運びで綴られる。物語を描く順序が上手いのだと思う。
 人物の性格や行動、それらが物語りの終盤に及ぼす関係性が、本当に上手い具合にシンクロしていると思う。随分前に同著者の「カラフル」を読んだ記憶があるのだけど、基本的に著者は小説を書くのが上手なんだなと思う。
 最近思うようになってきたのは、魅力的な人物さえ描くことが出来れば、物語に目新しさや特殊性がなくとも、大概楽しめて読めるのだなってこと。
 「つきのふね」は、人物たちが抱える問題や性格がどれも魅力的な上に、そこに成り立つストーリーまで目を見張るものがある。ラストの手紙、あの文面をあのラストに持ってくる著者に関心します。
 せっかく学校の目と鼻の先に図書館があるというのに、利用しないのも勿体無いと思い至ったもんで、昨日は学校帰りに友人らとそこへ。
正義のミカタ―I’m a loser 正義のミカタ―I’m a loser
本多 孝好 (2007/05)
双葉社

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たけしくん、ハイ! たけしくん、ハイ!
北野 武 (1991/11)
太田出版

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 以上二冊を借りました。
 北野武のエッセイ本などは、実はたまに借りていました。
 それにしても、埃をかぶってうちの本棚に眠る本たちを、一体いつ読み終えられるか不安です。

 今日は、現受験生たちの入学説明会があった模様。
 おかげで午前授業でしたが、カラオケいったり本屋うろついたりして、結局帰りは普段よりも遅くなりました。
 最近自分に感動が失われつつあるようです。たとえば、去年高校の入学説明会に訪れてからもう一年も経つのか、とかね。もうちょっと感慨深い気持ちになってもいいと思うんだ。
 周囲の事象に発生する自らの感情すらも許容範囲になってしまい、感慨深さというものが感じられません。
 不便じゃないけど、不憫かもね。
 
 ところで、ちょっと前まではよくラジオを聞いていた。
 ちょっと前と言っても、中学三年にあがるくらいまでだから、もう一年強は経っているね。
 北海道という名の地方だから、東京の番組は入り難く(ラジカセに毛のはいたようなコンポで聞いていたせいもあるかもだけど)、大体はFMのNHK放送で、毎日かかさずに聞いていたのは青春アドベンチャー。オリジナルや小説原作なんかの物語をオーディオドラマ化する、ラジオドラマ番組だ。僕はわざわざお金出してオーディオドラマCDとか聴こうとは思わないけれど、ラジオの電源ちょいといじっただけで、物語を楽しめるラジオドラマは殆ど毎日かかさず試聴していた。
 なにより手軽だし、時々掘り出し物もあるしね。
 本当に、手に汗握る大迫力のドラマもあれば、思わずほろりときたドラマもあった。音声だけでよくあそこまで人を感動させることが出来るものだと、関心しちゃうね。
 ラジオ試聴の習慣が抜けていったのは、受験とかそういったものもあったのかも知れないけれど、なによりあれだ。ある日、学校から帰宅してみるとそこにあるはずのコンポがなく、親が勝手に一時的に移動させていたわけ。コンポを移動させたわけだから、電源を一度ぬいちゃったわけね。アナログラジオとは違って、コンポでラジオきくときは一度周波を登録し直さないといけないわけ。それが煩わしかったというか面倒くさかったというか、(MDで毎日録音していたため、それの設定し直しも面倒だった)要するに、言うほど思い入れはなかったんだろうって話ね。

 でも、さっき、他人のブログで『押井守の世界 シネマシネマ』ってラジオ番組が始まったことを知ったせいで、もう一度ラジオを繋げてみようと思ったわけなの。
 押井守の作品を、そんなに観ているわけでもないし、ファンとかそういった類なわけでもないけれど、僕にとっては中々深い世界にいる人だから、試聴する価値はあるかなって思っただけ。
 要するに、面白そうなラジオ番組みつけたんだって話をしようと思ったんだけど、妙に前置きに力いれすぎて、疲れてしまった私は本日の更新を終了させますって、うん、そういう話。
 ・・・・・・・・・・・・、あれ?
 ところで今日は学校に予備校教師の方が訪れ、一年生のみの集会のようなものが実施された。
 目的は、要するに大学進学について。
 なんというか、良く言えば飾ることを知らない正直者、悪くいえば正論を語ることは出来るが口の悪い非常識者、って感じの方のでした。

「進学まであと二年以上あんだから、お前ら今から勉強してりゃ、どんな大学も大概受かる」
「勉学のために高校へきて、親もそれを望み、お前らもそれを望んでいるんだから、勉強しねえ理由がどこにある」
「今や北大すらそう難しいところじゃねえんだ、私立を悪いとは言わんが不況だし、どうせなら国立狙った方がいいぞ」

 ってな感じのことを一時間に渡り語っていました。
 実にご尤も、語るのは頷けることばかりです。
 でもまぁ、大学受験を失敗に終えた者で飯を食っている身分の人がいうと、説得力は欠けるよね。。

 まあなんか、2ちゃんっぽい人でしたね。
 興味深いけど、近づきたくない方でした。
 仮にハリウッド並の予算での制作だろうと、スピルバーグ並の幼女キャスティングセンスを持った者が監督担おうと、決して実写化してはいけなかったネギま!の実写が深夜番組として実現してしまうわ。
 猛暑続きの夏を終えたかと思うと、すぐに雪が降ってくるわ。
 到来した寒さを思うと、最近始まった体育の薄着での柔道を憂鬱に思うわ。
 自信満々に負けたら切腹と明言し再び八百長を予想させた亀田は、惨めにも反則負けしライセンス剥奪されるわ。
 コミック〝みなみけ〟は、いつの間にやらアニメ化しているわ。
 
 
 たとえ世界を轟かすには程遠く小さな現象であったとしても、人一人の精神を揺さぶる程度の現象は、年中無休に無数と存在し続けているよね。
 そう思うと、生きるってのは結構面白いものなのかも知れない。
 ・・・・・・と、まるで自殺願望を持っていたかのようなことを言ってみる。
 登別あたりの良い空気醸し出した人知れぬ旅館を一人で、低予算旅行して回りたいと、ふと思った。

 でも、きっと道中いつか虚しくなるだろうと思ったので、一人友人もつけたいと思った。
 
 道中での仲違いを考えて、連れは割合気の小さい、何事にも大概妥協できる人材が良いと思った。

 仮にそんな友人がいても、俺には機会も金もないなって思った。

 でも、妄想って大切だと思うの。
 〝妄想〟だって、少しでも現実味を帯びれば〝夢〟とも言えると思うし、夢がないと人間やってらんねえし。

 だから、俺は将来、年をとらない可愛い嫁さん捕まえて、年をとらない双子の女の子を生んで育むよ。
●ルール。
回してくれた人から貰ったお題ぉ【】の中に入れて答える
それだけッッ


……ってことで、黒猫氏から一方的にバトン貰ってきたよ。
やることもないし。



●お題【学校】
一日の半分をここで過ごしていることを考えると泣けてくるね。

●最近思う【学校】
この年代の女子って内面的な魅力を持っている人が少ないよね。なんというか、個性がみられないんだよ、人格というか言動というか、そういうものが似たり寄ったりで。表面上での付き合い、つまり馴れ合いみたいなのを皆が好む傾向があるせいだと思う。

●こんな【学校】には感動
学校といっても、それを構成するのは人間即ち生徒だしね。性格の良し悪しはいいとして、とにかく根性の曲がってない奴ばかりで構成されている学校での生活は純粋に楽しめると思うよ。

●直感的な【学校】
ちっちゃな社会? 小さいだけあって良い傾向も悪い傾向も極端だよね。

●好きな【学校】
もちろん一概には言えないけど、やっぱり勉強出来る奴は教養や言葉を持っていて、会話する上では楽しめるよね(俺は学力も教養も言葉もないけども)だからといって、遊ぶことを知らないようなガリ勉君には、見事なまでに人間的面白味がない場合もあることを知っています。
要するに、何事も適度なレベルにある人材の多い学校が好ましいと思うの。

●この世の中に【学校】がなかったら?
文明も歴史も途絶えて、野生化するんじゃね? 医学の消滅により平均寿命も落ちると思うし、とりあえず教育施設が普及されていない時代にタイムトラベルした感じになんじゃね?


ふー、こんなところかしら。
共学で、公立っていうのが前提のこともあったかも知れません。
テーマが教育でなく学校だったので、ゆとり云々とかについては触れません。触れてもまとも語れないし。
回す気はさらさらなし。
 昨夜は、突然襲い掛かってきた発生源不明の寂しさから、至急地元の級友二名を呼び、部屋に泊まるよう促しました。自分から遊びに誘うこと自体、まず殆どない私が、自ら家に泊まれと言い出すのは異例のことです。自分でも驚いています。友好関係や家庭環境に問題があるわけでもありません。単純に一人が寂しい性格になってしまったのでしょうか。いずれにしても、自らの性格の異変に気づかされると奇妙な気分になります。(ニコニコでアニソンをギターでひく素人みて笑って過ごしました)
 泊まりにきました二人はバスケ部所属なので、翌日つまり今日の昼には登校するため帰宅。
 その後、すぐにまた別の地元の者から「暇だからどっか行こうぜ」と携帯に着信。企画が立っている段階なら考えましたが、誰を誘いなにをするのか決まっていなかったようなので、面倒くさくなり拒否。
 しかし、次の瞬間、他校の野球部カカシ氏から「雨天により久しく部活が休みになったからカラオケ行こうぜ」と連絡が入り、先ほど誘ってくれました友人に再度連絡し、三人でカラオケへ。
 一時間ほど訳の分からぬ曲ばかり歌って、一度店を出ますと、とりあえず付近のゲームセンターへ。一匹狼トミー氏がどういうわけか一人そこにいましたので、彼も誘い、そして昼に別れたバスケ部連中に連絡し、計九名で再びカラオケへ。その後、他校の友人中田氏が近くにいることが分かり、彼も呼び、計十名でカラオケ。友人店長氏の失恋について唄った替え歌を熱唱。あれは本人にとっては結構残酷だと思うんだけども、面白いものだから不謹慎にも率先して熱唱する私。
 トミー以外は、皆地元の友人でしたね。同中てゆーやつです。

 夜に地元に帰宅して、夕飯を済ませると、中田氏とその野球部カカシ氏と共に、地元の風呂屋へ。たまに大きな湯に浸かるのも良いものでした。帰りに寄る、あの夜のコンビニの寂しげな空気。たまらないね。
 体育の日、三連休最後の一日でしたが、それなりに美しく終えれたと思うんだ。



追伸。
ネギま!実写版一話を鑑賞。泣きたい夜に見ることをお勧めします。下手な芸人みるより笑えます。
キャスティングがどうとか、低予算を物語る工夫が多くて涙ぐましいとか、編集が悪くテンポがおかしなことになってるとか、そういうのはもうどうでもいい。OPのラスト、ネギ先生が面白すぎる。原作に対しての陰謀に違いないと、本気で思っているんだ。
 どういうわけか、高校市内にある施設に同好会員の親が勤めており、どういうわけか、定期的にその施設にプロの劇団が公演しに訪れる仕組みになっており、どういうわけか、俺達はその度に一般客の誘導やチケット交換などのお手伝いをすることによって、その公演を無料で鑑賞できる権利をツテ関連で得られるらしいのであった。
 なので、どういうわけか今夜も行って参りました。
 訪れる観客に「こんばんわー」「前からお詰めになってお座り下さい」と連呼する俺。接客業は向いていません。というか、働くことに対して向いていません私。それでも、帰り際、笑顔で帰る観客らをみていますと、なんだかこちらも嬉しくなるものですね。
 
 今回の公演は、ミュージカルのようでした。
 物語においての音楽の混合は、それはもう効果的であると、しみじみ思います。映画にしてもアニメにしても、BGMはその物語自体を左右するくらいの重要性を持っているように思います。
 たとえば、映画を撮るとします。シーンごとに合ったBGMを判断して挿入してゆくのではなく、感じの良いBGMを先に決め、それに合うシーンを挿入してゆくというやり方で進めた方が、見栄えの良い映像に仕上がるだろうと思います。

 要するに、なにが言いたいって?
 別になにも言いたいことなんかないんだ。
 勉学が習慣化されていない学生の私にとって、日々は暇だ。
 やることがないからだ。
 特に、放課後どこにも寄らずに帰宅した平日ほど、暇なものはない。
 こうしてネットに浸るのにも、限度があるし、未だ鑑賞していないDVDも多数あるが、それを見る気分にもなれない。
 読んでいない本を読む気にもなれない。
 欝といえるほど大層なものではなく、五月病のそれに近いのかも知れないし、まったく近くないのかも知れない。
 こういう場合はどうすればよいか、悩んだ。
 悩んで、悩んで、いつしか暇を潰しために悩んでいる状態になった頃、それの答えをみつけた。
 考えてみれば、私はそれをする時間を強く欲していたし、それを何より愛していた。
 それを暫くの間欠いていたため、死にそうになったこともあった。
 暇なときこそ、それに使うべきなのだ。
 私はこれで、十二時間以上の暇を潰す自信がある。

 よし、寝よう。
FINE DAYS (祥伝社文庫) FINE DAYS (祥伝社文庫)
本多 孝好 (2006/07)
祥伝社

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 この著者の描くお話が好きです。
 読みやすい文章、爽やかな読後感、冷静沈着しかし人間味ある主人公。魅力的です。
 
 さて、FINE DAYSは四つの短編からなる恋愛短編集です。
 本書の面白い傾向は、発生する不思議なことは重要視されずに書かれているところですね。そもそも物語にさして重要ではないから描かれていないのだし、描く必要もないと読者としても思うのだけど、それにしたって本当すっきりするくらい触れません。それがまたその不思議なこと、いわゆる超常現象にリアリティを与えてくれて、良い雰囲気をだしてくれます。単に、どの主人公達も大切なことだけしか眼中にない、無駄のない人々であるだけなのかも知れません。
 著者は、当たり前ですが、物語しか伝えてはくれません。そこにある物語を、ただ黙ってカメラで追っかけたような、一人称なのだけど、読者にすら主観と同じ理解しか与えない、物語においては客観的な描き方をします。(どのお話も、主観は自分ではなく、他人についての物語のために存在する位置にあるからこそ)決して不親切というわけではありません。文章で直接結果を理解することよりも、文章によって結果を導く方が、強く心に響くんです。
 ちなみに私的には、これを恋愛小説とするか判断しかねます。
 物語の中に、男女が関わっている。それだけのように思えました。決して汚点とは思いませんが。

 ・・・・・・うーん。
 この作家さんの本については、もう少し言葉を知ってから語るべきかも知れません。あはは笑っとけ、あはは。
 とりあえず、カラオケいって、ゲーセンでホッケして、喫茶店で雑談交えて帰ってきました。同級生男子等と。
 秋休みということで、宿題が多くあるのですが、殆ど手をつけていません。別に期日厳守する必要もないよね、とか思うのですが、学生としてそれくらいの義務は果たさないといけないと思うのです。ということで、今から手をつけようかと思います。
 
 うん、特記することはありませんね。
 強いて言えば、外見が特徴的なとある同級生女子をモチーフに、ハレ晴れユカイの替え歌を即興で作って歌ってみたのだけど、結構ウケが良かったです。その後、隣のボックスにその女子がいたことを知り、明日学校へ行きたくなくなった松市でした(彼女は僕の前の席) 
 のんびり午後に起床して、それから中学時代の友人二人を招きました。
 airのDVD流したまま、黙って皆でマンガ読んで、その傍らで宿題したり、転寝したりと。まったりと過ごしました。
 平坦な時間に飽きると、中田氏くんに手錠をかけて、両足をベルトで固定して、ベッドに放って半裸にして遊びました。抵抗していましたが、男二人の力には敵いません。久しぶりに腹を抱えて笑いましたね、あれには。
 うん。
 結構悪くはない一日だったとは思うんだ。
 
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