忌わしき現実から、楽市が勇ましく逃避する日々を、綴る。
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 パンクした状態で、昨日今日で総計十キロ近く走っていたせいか、タイヤ交換せざる得ない状態にまで陥っていたようでした自転車(正確にはタイヤ内のあのホースみたいな、ね?)修理代二千八百円、涙が出そうになりました。
 さて今日は学校祭での演劇メンバーと酷く遅れた打ち上げへ行ってきました。割り勘での買出しから始まって、先輩宅の庭で炭火焼です。予想通り、演劇同好会への勧誘が酷かったです。皆さん必死です。アニソン唄ったり、コミックの話したり、今回参加しなかった脚本家の不甲斐なさを肴に肉をつつきあったりとしましたとさ。たまには、こういうドンチャン騒ぎもいいものです、楽しかったでした。しかし出費の酷い一日でした。

 明日は、夏休み入ってから初めての暇な日です。予定がありません。ダビングしただけでまだ観ていない映画や、未読の本を消化するのに使おうと思います。どうして宿題の消化という発想が一番初めに出てこないのか、不思議ですね。
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 寝坊に伴い電車を一本乗り遅れながらも、最後となる夏期講習に向かいました朝。
 さっそく駐輪場に止めておいた自転車の後タイヤが何者かによってパンクさせられていましたので、憤りをみせながらギコギコと喧しく響く自転車で登校。講習は途中参加のためあっという間に終わり、友人らとツタヤへレンタルしていたものを返却した後、久しぶりにカラオケへ。
 丁度地元では、歩行者天国状態の車道を占領し訳の分からない踊りをしながら数百もの人々が行進するという意味不明な祭りが行われていたため、自転車での移動が不便のこと。ただでさえこちらは、後タイヤが破裂しているのです。
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 とりあえず久々なカラオケで学んだこと。
 もってけセーラー服は常人には歌えない。
 「ぼくらの。」主題歌であるアンインストールは予想以上に歌いづらい。
 ハレ晴れユカイはフルで馴染んでいないと三番目の歌詞で戸惑う。
 ってことでしょうかね。
 その後は解散し、帰宅のため駅に向かうも偽Qに引き止められ、行く気のなかった夜の花火大会とやらを拝むことに。開催地から少し離れた公園でパンをかじりながら、他人への悪口を肴に花火を鑑賞しておりました。自転車のタイヤがパンクしているような日に限って、それをよく使用することになるのだから嫌になりますね。
 ちなみに明日は、どういうわけか今頃、学校祭での演劇メンバーで打ち上げを行うということで、また学校に集合することになっております。夏休みに入ってから、まだ一度も学校へ足を運ばなかった日がありません。
 
NHKにようこそ! 8 (8) (角川コミックス・エース 98-12) NHKにようこそ! 8 (8) (角川コミックス・エース 98-12)
滝本 竜彦 (2007/07/26)
角川書店

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 コミックNHKにようこそ!がとうとう最終巻を迎えたわけですが、結局この漫画、後半なにがしたかったのかよく分かりませんでした。原作と異なって、キャラクタの性格やストーリーの方向性なんかが、連載段階で定まっていなかったのだろうことが露骨に分かります。まぁユニークなお話だったと思うし、ヒロインは可愛いし、僕としては楽しめましたんで不満なんかないですけれどねぇ、別に。

 そんなことよりも、今更ですが原作者滝本竜彦さんの受賞作「ネガティブハッピー・チェンソーエッヂ」実写化について気になるところです。
ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫) ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫)
滝本 竜彦 (2004/06)
角川書店

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 これの原作、僕大好きです。
 淡々とした軽い文章で綴られているのですが、それがまたよい。文章ではなく、文章がなんとなく生む雰囲気によって、なんとなく感情移入され、なんとなく共感してしまうのです。言葉で表現しづらい十代ならではの感覚なのだらろうけれど、この小説を読む度に、言いようのない行動力がわきます。自分もこのままじゃいけない、と思えるのです。主人公に感化されやすいのです。(映画版では舞台が函館だと堂々言われているようですが、原作では固有名詞は出していなかったと思います。所々の描写や著者の出身地を考えれば、函館であろうとは分かっていましたが。在住地に舞台が近いと、これまたちょっとイヒッな感じ)引篭もりの著者だからこそ描けた話とも思えます。
 そんな滝本さん、新作も暫く出ないんで、一体なにしているかなぁと思ってますと、なんか映画出演してたみたい。なにやってんねん。詳しく調べると面白いスタッフの名前もあったりなかったり……。

 一応文芸雑誌で稀に短編だしているようですが、どういうわけか書籍化してません。うぅぅ。
 昨日から夏休みに突入したわけですが、夏期講習のため通常登校時間と同じ頃合に家を出ています。
 講習といっても、大したことはしません。数学と英語の講習を受けているのですが、どちらもただの復習のようなものですし、後者に至っては教室が広く人も多いもので、後ろの方の隅に座って本ばかり読んでいます。授業に参加しないで済むのです。
 さて昨日は講習後、友人数名と学校で弁当なんかを食べ、恒例にもなってきましたツタヤへ。そこで、無料配布のものを発見。
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 元ネタはよく分かりませんが、シールのようで、立派な体格をしたモヒカン店長氏の背中にこっそりと付着させることに成功しました。
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 こんなんで店内うろつくものですから、恥かしくて溜まりませんでした。やったらやり返すの法則に基づき、十数枚も置いてあったシールは、私達が臨戦態勢に入ったためすべてなくなりました。
 その後、私と店長氏は弁当を食したというのにも関わらず、ラーメンを食べたいと言う周囲に付き合い、それを食すことに。実は半年ほどで8キロも太ってしまった過去を持つ私です。無駄に食べることは避けたかったのですが。若気の至り、若気の至り。
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 昨日今日と三年生から「演劇同好会入れ」と熱心に脅されています勧誘されております。
 数少ない一年の帰宅部を中心に勧誘活動をしているようなので、馴染みの連中ばかりが勧誘されています。すでに同好会入部も決定しており市の劇団にも所属しているらしい同学級女子からは、登校中の朝っぱらから
『ぉはょ。 演劇はいれ。』
 と簡潔すぎて怖い脅迫メールが届くくらいです。
 活動は夏休み明けの九月からのようで、僕ら勧誘対象の帰宅部連中は「保留」といった状態にあります。僕としては、現在勧誘されている帰宅部仲間の一人でも入部すれば、それを追うように入部する気ではいます。僕が入部すれば自分も入るといってくれている者も一人おり、同級生四名以上が入部すれば自分も入部すると偽Qも言っております。まぁ偽Qのことです、弓道のときと同じように入部してもすぐに退部届け出しそうですが。

 さて、明日は終了式。
 一学期も終わるようです。終えた時間というのは本当に一瞬のように感じられるものです。それはきっと人生においても同じことなのでしょう。年老いて布団の上で最期を迎えるときなんかも、こういった感覚で過去を想うのであれば、人の一生というものは実に切ないものですな。
 しみじみ。。
 日曜の朝から、引き続き夏期講習へと登校しました僕は、同じ教科を選択した友人ら四名ほどと予定通りツタヤへ。
 涙できる物語を求めるも中々それらしきものは見当たらず、気分転換にと久々にリュックベッソンの「レオン」、捜し求めていたアニメ「AIR」、店内で興味を持ったので「グッドモーニング・ベトナム」などをレンタル。レンタル一本百円という安売りに得した気分になり、そのまま十本入りの「空DVD」を買うも、帰宅し開封後それがDVDでなくCDであると気づき、落胆。レシートは取ってあるものの、開封してしまったので返品できる見込みは酷く薄いです。借りてきたDVDをダビングするつもりで買ってきたのでしたが、一応非合法な手段ですのでバチでもあたったのでしょうか。
 さて、明日は休みも明けて平日。まったく休んだ気がしません。そりゃ、休日二日間を通常時間で学校に勉強しにいっているのだから、僕の過ごした休日はすでに休日と定義出来る状態じゃありませんからね。年中無休、部活動に励んでいる者らに敬意を。

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↑は近くの百円ショップにて、妙に気になった豚のマグカップ。買ってはいません。

AIR 1 初回限定版 AIR 1 初回限定版
小野大輔、川上とも子 他 (2005/04/06)
ポニーキャニオン

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グッドモーニング,ベトナム グッドモーニング,ベトナム
ロビン・ウィリアムズ、フォレスト・ウィティカ 他 (2006/01/25)
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント

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 最近よく映画をレンタルする。一週間に四本~八本借りていた全盛期(?)とは、そりゃ比になるほどでもありませんが、映画離れしていた此処数年を考えればよく見るようになった方と思う。
 「千年女優」「東京ゴッドファーザーズ」「攻穀機動隊」「ミリオンダラー・ベイビー」「炎のメモリアル」「北野武監督作品」今更ながら「エヴァンゲリオンシリーズ」今日地上波してしまったが「時をかける少女」etc......
 よく見ていた頃と比べ、どうもアニメが多くなっているようだ。別に萌え、とかそういったものを求めてみているわけではないと思う。それが目的ならば、もっと違った層のものを借りる。基本的に、日本のSFは好きなのだ。しかし現実離れしたものを描くからこそのSFであり、低予算の日本で実写をしてしまうと、どうも陳腐なものが多くなってしまう。だから、アニメである。郡を抜いてるという日本のアニメは確かに映像だけならば完成度の高いものが多い。その映像でSFを描いてくれているのだから、実写よりも違和感なく鑑賞することが出来るだろう。
 ということで、最近アニメの、それもSFを重視してみているのだと思うよ。

 さて、今朝もどうだったのだが、明日も学校へ行かなければならない。夏期講習である。志願する生徒を学校側が、休日に無料で学ばせてやるというのだ。僕の気が確かならば、わざわざ志願して休日を潰そうだなんて考えもしなかっただろう。むしろ、そういった同級生を指差して笑ってやっていただろう。しかし、それを自ら率先し志願してしまっている僕は、それはもう血迷ったとしかいいようがない。或いは、魔が差したとしかいえない。 
 まぁ、講習は午後には終わるので、それからは自由である。同じ教科の講習を受けている奴と、本屋なんかを回りながら今日は時間を潰した。休日は午後まで睡眠に使っている普段の自分を考えれば、いくらか有意義かもしれない。と思うよう努めているが、睡眠以上に有意義な時間の使い方を僕は知らない。 
 そんな講習仲間から、明日までツタヤが一本百円レンタルを実施していると聞いたので、講習後向かう予定。僕がレンタル店をよく利用していた三年ほど前までのゲオは、常に百円レンタルだったと記憶しているが、最近ではどこも一本三百円ほどで定着している。百円時代を常識としている僕にはどこも詐欺にみえ、安いときにしか借りないことにしている。学生の財布はそれはもう寂しいのだ。
 でもあれよね、六、七年前とか、チェーン店でも一本七百円くらいしたよね。
 ところで同クラスにして数少ない男子帰宅部仲間の〝偽Q〟は、人嫌いが激しい。第一印象のみで他人を判断し、嫌悪する対象があればとことん嫌悪する。そのため、偽Qと遊んだりするときなどは誘う相手が酷く狭まる。下手な相手を呼んだりすると、一人で帰ってしまうくらいだ。
 
 さて、これは言い訳に他ならないが、同好会設立計画を覚えているだろうか。ぷつんと、最近それに一切触れていなかったのは別に計画の意欲が失せたとか、不可能と確信したからとかではない。意欲は未だあるし、(今は時期じゃねえなとか思ってるけど)不可能でもない。ただ、僕と偽Qを含め同好会の設立に加わってくれるという人間が一応七名いるわけだが、そのうち三名を偽Qが嫌悪しているのだ。「あいつがいるんなら俺やんね」といった具合だ。まったく幼稚であるかも知れないが、かといって「じゃあ、お前抜けろ」と言えるほど無情になれる関係に僕達はない。それに、最近は殆どの放課後をこいつと潰したりしているわけで、当初放課後の暇つぶし目的に計画された同好会設立計画であったが、僕個人としては同好会を作る必要すらなくなったといえる。それは、まったくもって僕個人の問題なのだが、初めから同好会設立計画の成功をそこまで強く望んでいる人間が面子にいなかったため、特に文句も言われなければ罪悪感を覚えることもない。
 要するに「偽Qやだってゆうから面子が三人減って計四名になるじゃん? 五名必要な訳だから、そしたら同好会建たないじゃん? だから機が熟すの待とうと思ってたの」という僕の言い訳である。

 すると、今日の放課後。廊下で級友と雑談していた僕の元に電話がかかってきた。懐かしい友人からだったが、懐かしいといっても同じ学校に通っているわけでただ最近顔を合わせていなかったというだけである。呼ばれて彼の教室へ行ってみると、見覚えのある顔の女子一名と知らぬ顔の女子が二名、そして電話の彼と知らぬ男子一名がそこにいた。どれも一年生だ。カツアゲを察し泣きそうな僕に、彼女らは言った。
「三年生が演劇同好会作るんだって。もう面子は揃っているんだけど、男子が圧倒的に少ないの。お願い、はいって」
 考えてみれば、そこにいるのはどれも先日の学校祭で演劇に携わっていた連中だった。連合は違うが見覚えがあったし、覚えのある女子一名とは同クラスで共に羞恥プレイの如き演劇を繰り広げたキャストの一人だった。
 しかし、ぶっちゃけ演劇には大して興味のない僕である。むしろトラウマ化している。けれども、団体を設立しようとする者達の一人になるのは魅力的ではあった。つうことで、
「俺がはいらなくとも設立は確定なんでしょう? 同好会が設立して、活動日程やその内容が確立してきた頃に、改めて考えるよ」
 という意見を残し、逃げるようにそこを立ち去ったのでした。
 三年生と一年生のみで構成されるだろうその同好会は、半年もすれば主導権を一年生だけで握れる。それを考えれば、確かに魅力的な団体ではありました。脚本だけ書かせてくれ、本番はキャストに回ることなく音響やライトを担当できるのなら、携わってもいいかなと悩んでいるところではあります。
 まあ、入ったら入ったでそれをかったるく思うような日常を過ごす自分も予想が出来ます。市の劇団に入っているような者も中にはいるので、中々積極的な活動となる同好会となると思うのです。
コンビニ・ララバイ コンビニ・ララバイ
池永 陽 (2005/06/17)
集英社

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 高校生の僕が言うのもなんですが、著者は童貞じゃないかと思わず疑ってしまうほど、必要性の感じられない性描写が多い物語り、コンビニ・ララバイであります。
 とあるコンビニに関わる人々を描いています。様々な傷や悩みを持った人々がコンビニ「ミユキマート」を通じて癒されたりされなかったりする姿を描いているわけですが、媒介をコンビニにする必要があったのかと疑問に思うお話も幾つか目につきました。著者の描く女性は、十代の僕にはどれも古い印象が残り、そしてどの女性の思考も似たり寄ったりだったのが気になりますが、しかし中々楽しめました。
 最終話の「ベンチに降りた奇跡」は「奇跡」という単語がタイトルにあるだけあり比較的飛躍したラストが描かれていました。見方次第では安っぽいラストにみえるかも知れませんが(ちなみに映画「君に読む物語」を連想しました。)しかし、そのお話が最もお気に入りです。老人の描かれる物語を元々好む性分のせいか、しかしこれには思わずほろりときそうになりました。・・・・・・うーん、ほろりというか手に汗握るというかやるせないが故に切ないというか以上のすべてであるというか。
 ところで僕には、何も言わなくとも当たり前の如く自分の買ったコミックを必ず翌日には貸してくれる便利な友人が、中学からいる。純真無垢というか感受性に乏しいというか、とにかく心の澄んでいる野郎なのだが、まあそいつの人格の話はどうでもよく。
 今日、休み時間に唐突にそいつからビニール袋を手渡された。コミックの入ったビニール袋を僕に貸しにきてくれたことは経験上からすぐに察したわけだが、その中身をみて僕は酷く興奮した。
 それは、アニメやノベル化にもなっているコミック「僕らの」であった。以前、書店でみかけそのタイトルと表紙に惹かれ購入しようと思ったのだが生憎肝心の一巻がなく断念したことを覚えている。しばらくして、ネット上でマミ氏が絶賛していることを確認し、常々読もうと思っていたのだが、棚から牡丹餅とはこのこと。そして、肝心なコミックの中身も中々興味深い。形は王道なのだけれど、テーマは違う。やるせない。今のところ二巻までしか読んでおりませんが、これは面白い。と思う。

 さて毎週火曜日はレンタル料金が半額と言うことで、放課後真っ直ぐ友人を連れツタヤへ行って参りました。何本か借りたのですが、その中にクレしんの戦国大合戦があります。これは傑作だよ本当。


ぼくらの 2 (2) (IKKI COMICS) ぼくらの 2 (2) (IKKI COMICS)
鬼頭 莫宏 (2004/12/24)
小学館

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プリズムの夏 プリズムの夏
関口 尚 (2005/07/20)
集英社

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 一見、純真で健気な少年達の青春を描いているようにみえるのですが、僕には下心で動く少年二人のあつかましい一夏の行いを描いた話にもみえました。
 少年達には憧れの女性がいます。ほとんど接点のない方なのですが、違和感すら感じてしまうほどの偶然の連続で、少年達は少しずつ女性と関係を深めてゆきます。その女性の危機を察し、二人は女性を救おうと悪戦苦闘したりとするわけですが……と端的にいうとそういったお話。
 正直こういう青春も良いなとも思いましたし、主人公達に憧れのようなも感情も覚えはしましたが、なんだか陳腐さが拭えませんでした。
 女性を救おうとするわけですが、女性の抱える問題が大きすぎ、女性と決して深い間柄にあるわけでもない少年達の救済行動は明らかに場違いです。その上、手に負える問題でもないのですが、最終的に救いとは何なんだろうと疑問に思う主人公はなんだか滑稽にもみえました。
 ラストが救いです。

 生意気に批判染みたことを言ってはいますが、決して嫌いな話ではなかったです。
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 毎年この時期、集英社はナツイチなるキャンペーンを実施しています。
 ナツイチ対象の本を一冊買うごとにハチをモデルにしたストラップが一つ貰えるのです。それが妙に可愛らしく、最近はその対象の本を中心に読書するようにしております。「プリズムの夏」「コンビニ・ララバイ」そして今日は宮沢賢治の「銀河鉄道」を購入。ストラップ三つ目にして、早くもかぶりが出てしまいました。結構傷心しています。この際、すべて集めてしまいたいですね。
 こんなことならナツイチ対象の「サウンドトラック上下」「スローグッドバイ」「MOMENT」「乙一作品」なんかをこの時期に買っておけばよかったと思います。全八種類なので、きっと全部揃えれただろうなぁ。

PS 角川も似たようなキャンペーンをしておりまして、対象の本を二冊買えばブックカバーが貰えるようです。中に、ハルヒ柄のそれがあるようなので、それも狙っておる私です。
 それでは、皆様、よい海の日を。

人獣細工 (角川ホラー文庫) 人獣細工 (角川ホラー文庫)
小林 泰三 (1999/12)
角川書店

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 表題作「人獣細工」を初め、「吸血狩り」「本」の三作を収録した短編集。
 著者の作品は「玩具修理者」しか読んでいませんが、これが中々良かった。これも短編で、僕としてはむしろ収録作「酔歩する男」の方に魅力を感じました。こういった概念のタイムトラベルもありか否むしろ先代たちが描いてきたタイムトラベルよりもここに描かれるタイムトラベルの概念の方がよっぽど現実的しゃないだろうか、と思わせてくれました。はいまったく言っていることが意味不明ですがそれでいいのです。読んで知るべし。
 「玩具修理者」は収録された二作共々オチが中々衝撃的で、そこに全体の魅力が凝縮されている思うのです。そんなもんだから、この著者はオチが魅力的なんだな、と勝手に理解していたものですから、今作ではなんとなく拍子抜けしました、軽く。
 短編とは短い文章で綴られているからこそ短編です。著者はSFホラー作家です。一般的に短編のSFホラーに重要なのはオチだと思っていましたし著者はそうでなくともそれを売りにしていると思っていた僕です。
 
 しかし、表題作「人獣細工」のオチは難なく読めてしまいましたし、「吸血狩り」のオチも想定の範囲内。「本」は最後の最後まで謎を良い具合に散らばしてくれオチをこの上なく期待していたのですが、そのオチはなんだか卑怯臭い方向へ転がってしまい……。まぁ僕個人の話でしょう、期待していたオチの方向性が異なっていただけで、基本的にこの人のお話は好きです。(「本」を映像化すれば間違いなくコメディになるでしょう。いや嫌味では決してなく、文章の上のみで衝撃さが理解出来る作品、というかなんというか)



玩具修理者 (角川ホラー文庫) 玩具修理者 (角川ホラー文庫)
小林 泰三 (1999/04)
角川書店

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 さて、学校祭翌日、偽Qとトミー家に宿泊する約束していたわけですが、トミー家のブザーを鳴らしで迎えてくれたのはどういうわけか偽Qのみ。家主は誰一人おらず、どういうわけか偽Qがトミー家の留守番をしておりました。
「トミー、バイトだから俺留守番」だそうです。
 つうことで他人の家の留守番をしていますと、数時間後母親が登場。気まずいながらも挨拶。心よく迎えてくれたトミママに関心します。
 トミーが帰宅したのは午後十時二十分前。付近の風呂屋の営業時間が十時までということで、自転車ダッシュで迎い十分間の短い入浴を終えますと、トミーのバイト先であるコンビニで花火を購入します。
「俺の中学時代鍛えた花火センスをみよ」
 とか声をあげながら、偽Qは自転車をこいだままロケット花火に火をつけ、こちらに放ってきます。僕の車輪の下でタイミングよく花火は炸裂しヒュアァァアンと独特な音をあげて飛びたってゆきました。確かに、彼の花火センスには目を見張るものがありましたが、まぁ決して関心はできません。直撃こそしなかったものの腹を立てた僕は。仕返しにと偽Qを真似て手持ちのロケット花火を着火し、自転車で逃げ惑う偽Q目掛けて放り投げますが、慣れぬせいで逆に指を火傷。頭の良いトミーは僕らと距離を置き安全地帯で笑っておりましたので、次は二人でトミー目掛け、ロケット花火を放り投げます。
 深夜の静寂とした町に、ロケット花火の雑な音と、醜い青春を謳歌する少年三人の笑い声が木霊します。
 トミー家に帰宅後はトミママが拵えてくれたビビンバをつついて、らきすたを鑑賞しながら眠りにつきました。まぁ、中々面白味のある一日でした。高校生らしくてよいじゃないですか、うん。
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 いやぁ、参った。
 疲れた。無意味なことに費やした労働で体力を消耗すると、精神はそれ以上に疲労することを再確認できた一日でした。
 クラスごとで作った行灯を担いで、三時間近く町をほっつき歩く行事が我が校の伝統とは、普段大して有意義に過ごせているわけでもない私ではありますが、無意義としか思えませんでした。町の人々はわざわざ外に出てきては私達の歩むルートを囲み、写真やらビデオやらをまわしておりました。そんな無関係な彼らにさえ理不尽な怒りを覚えてしまうほど、自分の行っている無意義な労働に腹を立てておりました。それにしても全学年全学級が一つずつ行灯を作り担いでいるのですから、その行灯行列の長さと来たら相当なものでしょう。行列の一部と化している私なわけですから、把握できるはずもありませんが。 
 しかし、それでも、数十万円ぶんであるという極めて微妙な花火が学校祭のラストに飾られ、それを虚しいことに男友達数人で眺めている中、横目にみえた行灯制作の責任者を携わっていた同級生と上級生が行灯が役目を終えたことに涙しあっている場面を認めますと、嗚呼こういうのもいいなぁ、と思ったのでした。
 帰りは夜十時近く、ウエキ君とゲオでDVDレンタルして帰りました。安かったんだよ、レンタル一本七十円で五十円割引券持っているから一本あたり二十円だぜ?
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 ↑せっかく制作した行灯を燃やしキャンプファイヤにするという地球に悪い様々な意味で冷酷な光景。


 追伸。
「正義……これがお前の正義か!」
「なら俺も、俺の正義を貫かせて貰う!」
「ぐはっ、……お前、やっぱり強いよ……ばたりっ」
 上記の恥かしい台詞は、演劇での私の台詞。
 新撰組を描いた話のため、刀を振り回したりするのですが、抜いた刀を鞘にしまう際、刃が引っ掛かりステージの上であたふたし観客に不本意な笑いをとりました。後々同級生からきくと、それも演技の一部と思われていたようで安堵したとさ。
 学校祭一日目、終了。エロチックときいていた女子のダンスがそうでもなく落胆したのが今日の思い出。
 
 さて、演劇本番を明日に控える私達ですが、今日いち早く本番を迎えた他の演劇を鑑賞しましたところ、その完成度の高さに脱帽しました。ストーリー構成、照明と音響、演劇力、もう完璧でした。素人の生徒同士が織り出した演劇とは到底思えませんでした。酷く脱帽すると同時に、明日本番である我々演劇連合は身の程を知り、酷く焦り始めています。すでに準備期間は終了し、今頃演劇練習をし教師にばれようものならば減点となります。
 しかし、焦りに焦った僕達はそれでも学校祭終了後、街外れの遠く離れた教師の目も届かないだろう場所にあるOBの家を借り、そこで練習します。どういうわけか、例の完成度この上高い演劇チームの監督にコーチをやって貰い練習に励みます。敵である我々演劇チームを監督してくださるところから、向こうがこちらをまったく脅威にしていないことが読み取れますが、それもそうでしょう。奴らの優勝は決定も同然なのですから。
 とりあえず、あれだ。
 俺個人は恥かきたくないから、最低限度の完成度で明日の本番を迎えるため、明日も学校祭開始より早くに登校しこっそり二十数名で練習予定。
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流れ星が消えないうちに 流れ星が消えないうちに
橋本 紡 (2006/02/20)
新潮社

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 まず、著者の作品は半月を三巻と上記のものしか読んだことがないのですが、ちょっと著者の性癖について曖昧ながら確信に至ってきたことがあります。多分、作家橋本紡さんはMです。軽くマゾヒズムの傾向があるのではと思います。理由としましては、どちらの作品も無駄に主観がぼこられているところにあります。そんなに詳しく描写しなくてもいいだろ、そんなにやりきれない場面でボコらんくともよいだろ、と声にだしたくなるくらいよくボコられています。ここまで進んで主観を痛い目にあわせているのは、著者の願望が反映したものと推測できんじゃね? みたいな。実にどうでもいいし興味もない推測ではありますが、興味深いものではありますね、はい。

 今作を読んで著者ってこんな話も書けるんだなぁ、とは別に思いませんでした。同著者の作品はライトノベルである半月しか読んだことはありませんが、登場人物の少々現実離れした逐一の台詞などを除けば、初めから半月はライトでなく通常の文学作品(?)として通用する話題性を描いていたと思うからです。
 さて今作、静かに物語りは進むのですが、中々心を揺らがせられたり、考えさせられたりと読者の精神は読んでいてちょいと忙しくなるお話。主人公たちの抱えた問題には、初めから絶対の解決というものが存在しえません。ゆえにラストを誰もが納得する結果で迎えることは出来るはずがないのですが、この手の物語は人物の意向の動きがある種の解決を思わせてくれます。これもそれです。
 そしてなにより、主人公の側近キャラクタのセンスがよい。特に父親の存在が魅力的でした。


 
半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon 半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon
橋本 紡 (2003/10)
メディアワークス

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半分の月がのぼる空〈2〉waiting for the half‐moon 半分の月がのぼる空〈2〉waiting for the half‐moon
橋本 紡 (2004/02)
メディアワークス

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半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon 半分の月がのぼる空〈3〉wishing upon the half‐moon
橋本 紡 (2004/09)
メディアワークス

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前回、主人公とヒロインの身内が登場しないのは複線だろうか、とか、余韻に浸ったままラストを迎えたいと思う一巻だったから続刊とかいらねえんじゃね?などとコメントしていました僕ですが、上記続刊を三巻までを読了して今、まずそれら二つの件を否定したいと思います。
 前者、主人公とヒロインの身内が二人の前に現れなかったのは複線でもなんでもなく、ただ描かれていなかっただけで別にそういった深い意味があるわけではありませんでした(亡くなった父親は置いといて、主人公の母親は未だ主人公の前に登場しないが)単に僕が論点ずれていたことを述べていただけのようです。そもそも少年少女が主人公のラノベにとって、〝親〟という存在は多く登場させる必要性のないキャラクタのようです。親の登場の有無に違和感を持った僕の負けのようです、うん。
 さて後者、映画などでも「この映画はまったく良い完結の仕方をしたな」と確信していても二作目がちゃっかり出てしまい、いざ鑑賞してみますと「尚、良い完結の仕方をしたな!」と思い直すこともあるでしょう、本当稀に(Back to the futureくらいしか思い浮かびませんが)半月においても、それです。
 続刊は、特に三巻のラストなどは良い感じにもどかしい終わり方をしてくれ、久しぶりに続きの気になる物語を読んだ気がします。切ない、とか、悲しい、とかといった感想をよく耳にしますが、いまのところ、ただもどかしさが強いです。いや、ぶっちゃけ悲しさは感じられませんでした。だって別に悲しむこと起きてないもん。切なくはありましたけれど。
 ああ、あと疑問が残りますは、あれですね。
 二巻での主人公が知人の死んだじいさんから譲っても貰ったいわば形見であるコレクションをあのような軽薄な理由で燃やすという、理不尽で不謹慎な行為。と、三巻での無駄に伊勢と都会である東京に対しての劣等感を描く場面。なんか作者の他意を感じたり感じなかったりしました。
 曜日感覚を失っています松市です、今晩和。
 それというのも土日関係なく学校祭準備に登校をしているからなのです。今日も例外でなく、演劇連中の待つ教室へ登校。そこには一年生から三年生までの演劇キャストたちが待っているのですが、今日は運悪く休みの人が複数おりました。それも演劇での中心人物が多く、わざわざ今日も集まった我々ですが練習のしようがありません。
 ということで、窓の向こうへ向かって、発声練習をかねたしりとりを大声でします我々。それにも飽きると、窓から差し込む日差しと涼しい風に吹かれながら、机の上に寝転がりラノベ半月3巻を読書。どういうわけかヲタク比率の多い演劇仲間とアニメについて談笑も交えたりします。
 まったく平和でした。
 つくづく日本は恵まれているのだなと思います。はい。

 昼食をとり三時に演劇練習を終えると、他クラスで行灯を作成しているチームへと一人迎います(我が学校祭、全学年クラスごとに行灯を設立しそれらを見せ合うという理由不明な伝統があるようです)そこで同級生たちと合流し、帰宅の電車時間まで談笑します。
 良い頃合に学校をでて駅へ。電車に乗り腰をおろした頃に、偽Qから電話。
「暇だから付き合え」
「俺に何か特は?」
「この前、借りた百円返す」
「分かった」
 それ特でもなんでもないだろと内心想いながら、もう一分もしないで発の電車をぎりぎりで降り、偽Qと合流。ツタヤで本やDVDなどを閲覧後、購入することなくその場を後にし、行くところもないので神社へ。クラスの馬鹿ップルに対しての嫉妬もこめて愚痴を言い合い、そうして日も落ちてきた頃に再び駅へ迎い帰宅したのでした。
 まったく、平和だぜ。俺。
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 ↑は行灯作りメンバーの教室の風景。
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